薬屋の良さのことを書きたいと思います

世の薬屋さんは、今ではもう「ドラッグストア」と名前を変え、巨大ショッピングモールなどに組み込まれていることが多いです。 祖父は、個人の薬屋がまだ栄えているうちに亡くなったので、いい時代の内に亡くなって幸せだったのかな、という思いもあります。 残された祖母が薬屋を営んでいるうちに、どんどん個人のお店からは客足が遠のき、祖母のお店に来るお客さんは近所の昔馴染みの人ばかりになっていきました。ただ、祖母ももうすでにかなり高齢だったので、お店の経営は暇なくらいで丁度良かったのでしょう。 祖母は、独りで店番をしつつ、庭の手入れを日課としていたようです。祖母が亡くなったあとの庭には、咲かせるのが難しい花々が咲き誇っていました。
薬の仕入れ作業は、老齢の祖母にとって、大変だったようです。薬屋でよく売れていたのがリポビタンなどの栄養剤でしたが、これが1ダースでもかなりの重さです。祖母は、運び込みや商品整理などに難儀していたのではないか、と思います。
祖母は、物を大事にする人でしたので、髪染め液なども、お店で売られているビゲンの初期商品を使っていたようです。また、薬屋といっても、雑貨なども少しは置いていたので、祖母は化粧品も、お店の売れ残りを使っていたようでした。祖母の形見分けのとき、鏡台からは、お店で販売していたヘアピースや口紅、リップクリーム、櫛などが出てきました。
また祖母は、お店の薬をよく服用していました。病院が嫌いだったようです。 最期を迎えた時も、枕元にたくさんの風邪薬の瓶が並んでいました。飲み合わせの悪さが死因のひとつだったのではないか、と検視した先生が仰っていました。